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当ブログの『テラーオブザテラー』ですが、12~13年ごろ前にFM福井にて23:50分くらいに放送されていた5分間のラジオドラマから取っています。
(うろ覚えなのでタイトルが正しいかわかりませんが…)

自分が録っていたテープも紛失してしまったし、ネット上でもまったく情報を見ないのでほんとにあったかどうかもわからないのですが、もし『私知ってる!』という方がいれば連絡ください。

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1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 01:02:41 ID:uMNtvlQR
秀吉の「出自」は徳川に隠された「貴人」か――。

従1位関白に成るには百姓でなく多少の貴人でなければ如何せん無理なのです。
「真説・豊臣秀吉」文庫本に歴史学者の意見としてそう書いてある。
では徳川政権が「あれは百姓出身です」と太閤記を改竄し歴史を曲げた形跡は無いか?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 01:08:13 ID:hGavb28F
秀吉は針の行商をしていたんですよ?

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 01:21:52 ID:mlm1gCOP
秀吉は針売りをして今川領内などに行き情報収集して織田入り。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 01:30:52 ID:zIztGITT
そんなことより指が6本ってマジですか?

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 01:54:26 ID:hGavb28F
フロイスの『日本史』
前田利家の回顧談『亜相公御夜話』

にそのような記述がある。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 02:16:04 ID:T+ZMV9LU
フロイス『日本史』豊臣秀吉編 I 第16章(ペーパーバック版)

「彼(秀吉)は身長が低く、また醜悪な容貌の持主で、片手には六本の指(seis dedos)があった。眼がとび出ており、シナ人のように鬚(barba)が少なかった。男児にも女児にも恵まれず、抜け目なき策略家であった」。

上記についての訳者の注。
「(5)秀吉に「指六本」という記述は信じ難く思われようが、フロイスが根拠なく、あるいは感情に走って異常なことを記したのではないことは、前田利家の「国祖遺言」(写本)の次の記事により証明される。曰く、「大閤様は右之手おやゆひ一ツ多六御座候然時蒲生飛生飛弾(ママ)殿肥前様金森法印御三人しゆらく(聚楽)にて大納言様へ御出入ませす御居間のそは四畳半敷御かこいにて夜半迄御咄候其時上様ほとの御人成か御若キ時六ツゆひを御きりすて候ハん事にて候ヲ左なく事ニ候信長公大こう様ヲ異名に六ツめかなとゝ御意候由御物語共候色々御物語然之事」(一八表-裏)。」

「日本史」は何度か再版されていますが、一番最初に出たハードカバーの初版では、上の注がなかった(6本指はウソだと思っていた)と記憶しています。読者から指摘があって、その後出たペーパーバックでこの注がつけられました。しかし、今出ている文庫本ではまた注がなくなっているようです。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 02:57:42 ID:UNnT1piC
信長ははけねずみとかは言っても、六本指とは言わないね。
そのへん、信長の優しさかな?

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 02:59:49 ID:1IxMgYOn
まあ6本指を生かしたエピソードがあるわけじゃなからたいしたことじゃないな。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 08:09:12 ID:+j2LM0DF
信長は秀吉に「六つ目が」などと言っていたそうだが。
あの男が同姓に対して遠慮することなどない。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 10:39:20 ID:ids7lcHi
奇形の中で6本指は珍しい部類ではないと思う。
成長期に親指の付け根が割れて伸びる症例は現代人にでもあるし。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 13:49:45 ID:JwhfNEgw
さらに秀吉は重瞳(ちょうどう:二重になっている瞳のことで、優れた人物に現れる相)だったらしいね。
生まれながら普通の人ではないわな。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 19:29:18 ID:sTfwztKe
>>13
勝海舟もそうらしいね。
昔、勝海舟の伝記を読んだ時、秀吉もそうだったと書いてあった。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 14:27:06 ID:YncMBfYM
貴人だったら秀吉の評価がガクンと下がる。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 18:25:45 ID:pB9oc/ZB
秀吉は百姓出だろ!なぜなら 外人に通達破って下層民売った商人張り付けにしている。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 18:29:10 ID:pB9oc/ZB
マリリン・モンローがモデル時代の足 見れば指6本だよ。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 18:42:15 ID:2TTdNl/o
>>19
足の速さは変わってくるのかな?
というか、いじめとかに遭わなかったのか

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:13:38 ID:o3Rni9/V
アメリカだとそういう差別はしないだろう

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 21:18:48 ID:eDRsVSYo
秀吉は天皇の落胤ですよ。
『関白任官記』によると
「秀吉の母は無実の罪で尾張に流された萩中納言の娘で、朝廷に宮仕えをして帰郷した後まもなく、秀吉を生んだ」
と暗示的な事が記されています。

松永貞徳の『戴恩記』では「秀吉は、大政所が天皇に近づいて孕んだ子だ」とはっきり述べているし、『塩尻』では実父を後奈良天皇だと言っている。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 01:04:00 ID:Koz/Bdk2
凄い電波ですね。
『関白任官記』の記述は朝廷最高の関白に就任するため、自分の出自を飾るためのもの。

後の2つはそれを元にした創作。
『嬰々筆話』では正親町天皇が実父になっており、バラバラ。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 01:47:13 ID:+OqTSIb3
まるで熊沢みたいでつね。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 01:51:05 ID:k2UEBXby
>>2
筵売りや草鞋売りをしていたというのが正解。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:00:53 ID:X3dt2Row
あの顔で貴人のわけないだろ、奇人の変換ミスか?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:49:24 ID:ewMtMCvu
>>26
顔形が異相だったり、目耳や手足の長さが常人と違ってたりする奇相の人は、何か特別な力が宿ってると尊崇されるもんだろ。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 07:25:19 ID:WxrHtzvR
最近は山窩説が有力。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 16:06:42 ID:eACAlKnx
>>28
マジ?ソースは?

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 19:39:15 ID:CSvB1F3W
南朝の親王の孫の中、山靖王というのが日吉の父親だというのが真実だよ。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 13:43:40 ID:GCpKo5RK
>>29
大政所の出自を詳しく調べてゆくと、山野を漂白して生活する山窩である可能性が高いというもの。
現在この説は、松田修氏、小和田哲男氏、渡辺豊和氏などがとなえている。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 14:13:57 ID:oaaTRECu
通説では秀吉は征夷大将軍になりたかったんだよな。足利義昭に養子を断られたとか小牧長久手の敗戦が原因で駄目だったとか諸説あるようだが。
んで秀吉に歩み寄る菊亭晴季の斡旋で、豊臣に改姓および関白太政大臣に就任と。

たしかに征夷大将軍と比べてやけにあっさり(実際は大変だったろうが)関白になってるね。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 14:33:04 ID:HT5CUuZx
>>31
現代で言う部落民じゃん。
一農民よりさらに酷くなってるしw

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 02:02:44 ID:RzK4ReEa
>>33
物を知らんのにもほどがある。
山窩とは何か勉強してからコイ。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 05:36:50 ID:Ritw+7Dv
可能性としては十分に考えられるな。
それなりの身分・門地なり背後関係などがなければ織田家から養子をもらえることなどあるはずもないし、ましてや親王(それも東宮の皇子)を養子にするなんてとてもじゃないができるはずが無い。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 15:41:02 ID:GcN+9X7J
秀吉は信長に仕えていきなり足軽組頭になってるんだけど、これはいくら信長の出世システムの中でも一介の百姓家の息子では不可能なんだわ。
特に秀吉は体も小さくて戦闘には向かないタイプだったしね。
だから豪族の出じゃないかと堺屋太一氏は推測してた。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 16:50:03 ID:U/UbVBSI
下級身分出身の家臣が主君から養子をもらうなんてありえないよな。
まして藤吉郎のほうから信長に養子をくれと頼むなんて…。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 17:34:30 ID:3Mf4qRZg
秀吉の過分な取り立てはすべて奇人信長の成せるワザじゃねえか。
それに戦国時代はそこまで身分がはっきり分かれてないんじゃない?
商人の息子や盗賊、海賊出身、僧侶でも武将になれたわけだし。

身分や階級にこだわるのはおれたちがマルクス主義的な歴史観に毒されてるからと思う。学校教育の弊害だろうな。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 17:35:17 ID:NagY7UqK
かなり昔読んだ新書太閤記か何か忘れたけど、秀吉の出自というか、父親が朝鮮の行商で、行き着いた尾張の農民との娘と結婚して秀吉が生まれたみたいな…。

その後、父親はまた行商に行き、帰って来なくて、その後、母親が再婚して、連れ子として秀吉が育てられた。
で、再婚相手に朝鮮の子供と虐められたので、父が嫌で若くして家を飛び出したみたいなのがあった。

読んだときはショッキング極まりなかったけど、ナチスドイツのヒットラーと同じように捻じ曲がったコンプレックスが同民族の侵略に駆り立てたみたいな…。
そうゆう点では、農民出身の秀吉が部落制度を初めて作った権力者だし、あながち、明の征服が目的じゃなく、最初から朝鮮民族の根絶やしが目的だったのでは?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 17:46:09 ID:AdptFiGd
>>45
それ、あちらさんの意向を含んだ妄想。日本人に蹂躙されたなんて許せないんだろう。

それと部落については、それ以前からある種の閉鎖社会や分業があった。
秀吉が行った制定はギルドのようなもの。

と電波にマジレスしてみる。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 18:00:48 ID:NagY7UqK
でも、そのギルドが年貢納めれないと差別されるんだろ?

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 19:29:25 ID:Zthq95tZ
>>45
部落差別を初めて制度化したのは秀忠な。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 20:51:49 ID:eyfLnY5W
秀吉の目標は明だよな。朝鮮には道案内するように命令したが、ぐずぐず言うので
通り道だから攻めることになったんじゃなかったか。
その全体的な名称も当時[唐入り]だったはずだし。
朝鮮は適当に百済の末裔を自称してる宇喜多にでも任せて、目的の大陸自体をミカドに献上するつもりだったと聞くが。
全体的に見て、秀吉は朝鮮に対して何の感情もない。通り道としか見てなかったようにみえる。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 08:15:01 ID:JQsTCzBN
秀吉って実物は、中国の小平みたいな顔だったんじゃないの?

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 08:59:28 ID:ljA1xyEM
秀吉が男色に関心が無かったことが、フロイスの書に書かれているのですか?
具体的には、どのように記されているのでしょうか。
52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 17:26:11 ID:m0BIyLem
家臣が秀吉に男色の毛が有るかと思い、美男子を会わせてみた。
そこで、秀吉が言ったのは、彼には姉か妹でもいるか?だった。
そっちの毛は無かったようだ。

って信長の野望の攻略本の武将ファイル書いてあったぞ。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 17:37:53 ID:6YEz0jku ?2BP(2)
明は明で秀吉は中国人と言ってたと聞いた事がある。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 01:55:28 ID:xILAgwR0
age

一介の百姓(もしくは、それ以下)の存在である秀吉が
天下人になったって事は、よく考えてみてくれ。凄まじい事だぜ!!

現代で言えば部落と在日朝鮮の間に生まれた、激しくキモく、ブサイクで障害チックな子供が、父親に虐待を受けながらも中学卒業して、家出していくつかのフリータ経験を経て、一部ベンチャー企業に派遣で入って、そこから努力で正社員になり、支店長になり、役職にまで昇進して、その後、会社を乗っ取り、世界有数の大企業や経済界の財閥やらを傘下に入れ最後、政界出馬して内閣総理大臣になり、大坂に世界最高層の巨大ビルを建築し(六本木ヒルズなんか比べようもない)その後、韓国と北朝鮮に戦争仕掛ける。。これくらい凄い事なんだぜ!!

その理由、原動力、運、本質を知る事は、戦国時代を考察する上で一番意義あることなんじゃねーのか?

ちょっと電波入るけど、ユダヤ人の黄金の法則以上の成功の法則なんじゃねーのか!?

え、おまえ等?下らん議論ばかりせず、この神憑り、キチガイじみた成功の理由を真剣に議論しようぜ!!!

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 19:57:18 ID:sXqsUBhp
まあ身分の低い奇形の人があれほど出世できるかは疑問だな。
貧弱な秀吉が槍をもって戦って手柄をあげるのは難しそうだし。

かなりはやい段階で国境の国人を従えてるし、やっぱり土豪だったんじゃまいか?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 23:01:06 ID:qtPFwbal
秀吉は一兵卒での登用じゃなかったのでは?
信長の官吏的な役割(下っぱだったけど)を評価されて出世したんだと思う。

そして武士としての才能を発揮する転機がすのまたじゃないか?
と言っても身体能力を駆使した才能ではないけどね。
信長配下なら下級農民でもあり得る出世だと思うぜ。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 07:44:15 ID:UfOcFRZu
「下級農民」という単語は初めて見たが、少なくとも織田信長のシステムでさえも農民は一兵卒の登用しかない。
で、秀吉は兵士としては全く役に立たない。
秀吉の場合は最初から足軽組頭でキャリアをスタートしているので、これは信長のシステムで考えれば秀吉が農家出身ではなく豪族だという事が分かるはず。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 09:33:54 ID:X47JoVCS
そもそも秀吉って尾張の出身なんかな。
秀の字は六角義秀からの拝領だっていうし。
ふらふらとやってきたわけのわからない人に一字やったりするもんかねえ。
近江の出身じゃないかと思ったり思わなかったり。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 11:14:40 ID:KPGPeVr8
信長は兄弟親戚多くて役に立たないのに重臣だったり城持ちが結構いて、これ以上まともな家臣を雇えない状況があった。
信長がそこで何をしたかと言うと、外部に人材を求めた、秀吉だの滝川だの蜂須賀だのと登用した訳だ。

彼らには自前の領地はいらない、他国の領地を褒美にすりゃ良いのだw
切り取り御免でよいから、織田政権後期は配下に大名が沢山できてるもんね。

61 :山岡斬左衛門尉景幾【二二六六石】:2006/10/19(木) 11:50:29 ID:vK2oIU4c
秀吉が足軽組頭からスタートってのは良質な資料にはないと思うが?
小和田のおっさんによると美濃攻めのとき信長が発給した安堵状の副状にある「木下藤吉郎秀吉」が資料による最初の登場だぞ?
その時秀吉は既に美濃南辺の諸国人を調略する任に付いていた一介の武将。
それ以前の秀吉の事については憶測と妄想の域を脱し得ないと思うがどうなのよ。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 13:25:23 ID:MHNUg9el
豪族出身だとしたら、早い段階で自ら言って回ると思うけどな。

腕力のない秀吉が美濃攻めあたりから活躍が始まる(もしくは突如出現する)とすれば、美濃に協力なコネか情報網を持つ人間だったことは確かだと言える。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 21:25:49 ID:JhXSyNFp
>>60
蜂須賀は国人だが。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 00:44:57 ID:84hhKwn7
まあ普通程度の身分だと特に大きな声で出自はいわんわな。

おそらく滝川みたいなもんだったんじゃないの?
豪族や国人の子供みたいな。

ところで羽柴ってのがほんとに丹羽と柴田の合体じゃないとすると、秀吉が元々羽柴だったって事はないんかな?
婿養子になって木下を継いだけど羽柴に複姓したとか。
まあ妄想ですが。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 11:49:23 ID:I6sLgIxN
物語とかだと蜂須賀の知り合いで、秀吉が信長仕官した後に墨俣で城を建てる時に蜂須賀を配下にして、人も出して貰って墨俣を奪い大名になったとあるね。

国人領主ってのは太平記における宮方武将の子孫達だから、決して山賊の親方って訳では無いからな。
蜂須賀は結構立派な家系なのだ。
それを部下にするような秀吉はどういう存在だったのだろう?
秀吉が凄まじい天才だったからって事だと思うがね。
出自で出世する人間に天下などとれんでしょ。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 16:19:59 ID:W8jhHLci
農民といっても、当時の農民にも上下あるだろうし、蔵持ちの名主と小作百姓じゃまるで違う。
本当に農民だったとしても、結構地位ある家だったんじゃまいか?

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 17:02:54 ID:84hhKwn7
出自が低すぎると世にでることもできないわけだが。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 04:35:12 ID:K3NvjgxR
指六本とかの一般生活に支障のない程度の奇形は当時は差別とかの対象じゃないよ。
それどころか奇形は聖人の徳の表象と見ている。
常人と容貌・体躯が異なるということは、神と徳を通じる神聖人であるとする中国古代の思想が元。

たとえば孔子は反羽といわれてるし、劉邦は隆準に加え72のホクロがあったりとか、
項羽が重瞳と伝えられてたり、劉備は膝に届く程の長い手、肩まで垂れた長い耳等々、これらも王者の相とされた。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 05:15:19 ID:4Q6US5NQ
>>73
反羽だの隆準だのあまり目にしない言葉は注釈つけたほうがえーよ。
まぁここにある程度書いてあるようだな。
http://www.k3.dion.ne.jp/~masatono/movie/china/ht_china.htm#骨相

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 05:21:00 ID:mh9zJT1R
>>73
でも六本目の指は切り落とすのが普通なんじゃなかったけ?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 01:32:28 ID:y1eORAgb
>>31
徳川吉宗の生母もそうだったのでは?なんて話がなかったっけ。
山窩か。戦で故郷から離れて漂泊するようになった家系に生まれたのかね。大政所。

で、弥右衛門さんの方は足軽で説が固まってるのかな。
(なんか、弥右衛門は実父ではない説ってのもあると聞いたことあるが)

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 02:28:43 ID:wKUIvaIb
>>80
秀吉は1565年以前のちゃんとした史料がないため、どの説も固まっていない。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 02:31:26 ID:Ir1yISNv
>>80
吉宗の時代にはそんな種類の人間はいない事になってる。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 11:03:42 ID:KHu9Ad6S
秀吉が貴人だったかどうかは分からないけど、すくなくとも、よく言われているような貧民だったわけではないと思う。
少なくとも、故郷の農村では、比較的に裕福な農民だったんじゃなかろうか?
彼の父親が足軽だったか何だったかみたいだが、この時代、身分階級が曖昧で、戦争時に借り出された農民兵だったんだろうね。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 16:18:43 ID:L6DqWRVO
今まで小者だった秀吉がいきなり奉行になるのも変な話だな。
ってか薪・油奉行とか作事奉行ってのも創作?

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 16:29:31 ID:DUWvStaO
1565年より少し前に臣従した豪族だったりして。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:35:02 ID:727Yw6lO
最低でも松下家に仕官でき、その後織田家に仕官できるだけの名跡は持ってたはず。
松下家にすくなくとも仕官したことがあるということは間違いはないようだし。

ちなみに奉行クラスになるってんなら最低文字は読めなければならん。
当時はそれなりのクラスでも識字能力が怪しいのに、貧農の出だとすれば識字能力など期待できよう筈がない。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:10:20 ID:qO1C4m1x
『武功夜話』では中村の村長の子と書かれていますね。
まぁ『武功夜話』は偽書と各方面で叩かれていますが…。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 20:42:18 ID:yqdHEkGZ
案外、先祖は有徳人層だったかもしれんな。
だとすれば金銀を集めたのは単なる成金趣味とは言えなくなる。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 08:53:45 ID:6YzSUbwC
貧農ではないな。
農民の中では比較的に裕福な家庭だったんじゃないか?

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 12:42:11 ID:zc1Mvfib
加藤清正の実家が土豪らしいから秀吉の家も裕福な農民以上だったんじゃないか。
加藤清忠の正室か側室かわからないが、どっちにしろ最底辺の貧農の血は入れないだろ。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 12:54:21 ID:0S7Puz2Q
清正は北政所の従弟だから秀吉の引き合いに出すのはおかしい。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 13:01:17 ID:zc1Mvfib
>>99
北政所じゃなくて大政所の系譜だぞ。
秀吉の母の姉妹の子が清正。秀吉の従兄弟。

101 :100:2006/11/29(水) 13:04:18 ID:zc1Mvfib
あ、大政所と清正の母は従兄弟同士だったかも。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 13:25:53 ID:0S7Puz2Q
>>100
それ正則じゃないか?

107 :名無し議論スレにて投票方法審議中 :2006/12/02(土) 03:23:52 ID:6wV9vfsr
秀吉の家は、近江浅井氏と同族の尾張浅井氏だよ。

112 :にゃんこ :2007/03/11(日) 22:47:44 ID:FPhwk49v
父と母がいるのなら、下人階級では無い。作人か名主だな。

114 :人間七七四年:2007/03/11(日) 23:05:50 ID:XuLhgH2O
数年前、尾張の神社で秀吉父の願文が出てきて、秀吉父が中村で名主クラスの農民で信秀の村方相談役にも名を連ねていたことがわかったんじゃなかったっけ。



おおっ、こういう視点は無かった。なんか無条件に信じてたかも。
もうちょっと昔の資料があればもっとよくわかるんだろうなぁ。謎のままでいて欲しいっていう気するけども…。
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